top of page

にじゅうまんごせんにひゃくえむ。

  • 2 日前
  • 読了時間: 12分

2024年4月、僕はストロングマンになる



はずだった。





いつの日かある先輩に、



お前の体格はスプリント向きだ



と言われた。


確かに。自分でもそう思っていた。

あるとき、宮島から本土までスイムで横断するミドルの大会があると知った。

しかも、今年で最後。


…繝溘ラ繝ォ縺ェ繧薙※辟。逅?□繧?…


気がついたら、T2でピザパンとコーラを食い漁っていた。

その後ヘロヘロになりながらもWoodMANになった。

そこから、ミドルロングの世界に足を踏み入れることになった。

同年9月には(03幹部引退旅行のついでに)福山ミドルも完走した。


幹部の役割を終えた解放感とインカレ完走という最高の景色の後、次の刺激を求めて滾っていた。

ロングに出たいと思うようになるのは必然だった。


そんなとき、宮古島遠征の誘いを受けた。

しかし、即決はできなかった。

草野にその話をすると、めちゃくちゃ乗り気だった。

その熱に後押しされ、エントリーを決意した。


遠征メンバー、開催場所、ストロングマンの称号


全てが最高だった。


結果は、


抽選落ち。


日本一人気だとは聞いていたから落ちたのは仕方ない。

しかし、7人遠征のうちの1人落ち。

あまりにも残酷な仕打ちだった。


後に「ポンコ2」と呼ばれる同期2人はストロングマンになった。


遠征後、響平さんが



お前かわいそうだからやるよ



と、大会記念Tシャツとバイクボトルをくれた。家宝になった。


それから、モチベーションとは裏腹に新たな機会を得ることはなく

滾っていた熱はいつしかどこかへ行ってしまった。


世界選手権への挑戦は自分事のように思えず、ミドルにも何回か誘てもらったが、

スケジュールを言い訳に参加を断ってしまった。





ピロン♪


2月26日、スマホを見るとさよちゃんから、バラモン行きませんかの一言。

正直なところ、昨年のインカレ以降トライアスロンに向き合う時間がなかなか取れず、

心も体も重かった。


しかし、この鈍い色の空に一筋の光が差し込んだ気がした。


思い出したのは、中山さんのラストイヤー。

アイアンマンになりインカレも日本選手権も完走したあの眩しい背中だった。


自分ももうラストイヤー、やりたいこと全部楽しんじゃおうかな。


そう思うと、エントリーするまでに時間はかからなかった。

2月28日、エントリー(抽選)。


今回は落ちるわけにはいかなかった。

バラモンのLINEグループに入って初めに交わした挨拶は、



今回は当選してみせます



すると橋本さんから、



入金してしまえばなんと当確です



…バラモンだいすき♡


斯くして僕のバラモンキングへの挑戦が始まった。



とはいえ、最優先はインカレ予選突破。さらにその前にはダイエットの日々。


やればできる子、2ヶ月で6kgの減量に成功した。

バラモンに向けた特別な準備はロングライド1回しかできなかったが、

不安よりはワクワクが大きかった。


バラモンに出るGAIAの選手からストラバをフォローされ、マークされているのでは!?

と1人喜んでいた。


そして、迎えたインカレ予選ではいつも通りのレースを繰り広げた。

脚へのダメージが大きく、バラモンまではスイム自主練1回だけしかしなかった。

創意は東京で走っていた。


レース2日前の金曜日、移動を開始した。

元々ミズノで出場する予定だったが、ゼロディーの方が写真映えがいいという理由だけで家に取りに帰らせてもらった。


修吾がバス停にいて、今からデートなのでは、とハイエース内は最初の盛り上がりを見せた。

創意参戦復帰の知らせを受けたときの歓声は音割れした。

24時に長崎に到着。吉野家で腹パンになるまで食べてしまい後悔したが、意外とすぐに寝れた。


翌日は8時すぎのフェリーで福江に向かった。甲板ではイサマヤさんが横揺れを披露してくれた。


島は蒸し暑く、じっとりしていた。

宿は民泊でホテルよりいい感じ。布団もひんやりしていて寝やすそう

橋本さんがみんなにモルテンとスポーツようかんをばらまいてくれた。

これがなければ完走できなかったと知るのはまだ先のことである。


昼飯はうつみというお店でちゃんぽん大盛りと焼き飯を食べた。カーボローディングって最高。

選手受付ではもうランバッグとバイクを渡すことになるので、事前の準備は大事である。

プレシジョンのブースで特に関係のないドライマンゴーも売っており、試食しすぎたので購入した。

最近、アイソトニックとハイポトニックの知識を手に入れたので粉も購入した。

隣のCEEPOのブースから、バイクコースの攻略について教えて下さった方がいた。

(2周目の折り返し地点からが頑張り時、それまでは気持ちよくを徹底)


まさか、CEEPO代表の田中社長だったとは。リアルポパイのようなマッチョだった。


その後、バイク&ランコースの下見(約120kmドライブ)。

ちょっと出たくなっていた宝洋はやっぱりいいかなと呟いた。

ランコース奥には有名なマドレーヌのお店とその自販機があるのでそこを目指した。

車を降りると全ての音が吸収されたような静けさで少し不気味だった(がち)。


急いで帰って夕食を囲んだ。家主さんがご厚意で鯵のすり身揚げをくれた。

慌ただしく就寝準備をし、21時過ぎにはみんな布団へ。

寝室は橋本さん、宝洋、自分の3人。

二人の寝顔を横目に20分ほどストレッチをしてから消灯した。





…zzz…ggg…グgrrr…グガー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!





寝れたもんじゃない。


20分ほど我慢したが、耳が冴えてしまいとんでもない音量に増幅してしまった。

仕方なくリビングに布団ごと移住し、目を閉じた。


翌朝、一番に目が覚めた。幸い眠気は全くなし。

なぜか橋本さんがキッチンで寝ていた。


朝食はカレーライス(194+790)、納豆(92)、バナナ(84)、ヨーグルト(40)。

(スタートまでにはみたらし団子(372)を食べ、計1572kcal摂取)


5時過ぎに会場入りし、送迎バスより先に到着したことで事がスムーズに進んだ。

BIKEバッグの中身チェック、バイクメンテ、バイクバトル、トップチューブ確認、

やることは結構出てくる。


1時間前にredbull(115kcal, caf 80)を飲み、6:30から入水チェック。

水温、天候、凪のような波、水の味、会場のお祭りムード、全てが完璧。


先頭周辺はややピりついていたが、本日のハイライトを残すため1列目で待機した。




<目標・レースプラン>

10時間半切り。スイム48分 バイク5時間30分 ラン4時間 トランジ計10分

年代別3位入賞。




SWIM 47’34 (6)

スタート直後なぜかバトルがあったがすぐに抜け出して前に着いた。しかし、第1ブイに到達する前に千切れてしまい単泳となった。前を追ってもよかったが、スイムの3分よりバイクランの10分という言葉を胸にツービート(ほぼノーキック?)を貫いた。第4ブイからは左側に観客が大勢いたので、息継ぎのたびに確認でき心の支えになった。


1周目上陸はギリギリ23分切りといったところか。前も後ろもいない。完全単泳の2周目に突入した。特にアピールするところがないと思ったため、2周目上陸前にドルフィンスルーをかましたがたぶん誰も見ていないだろう。




T1

応援に手を挙げて応える。更衣室で急いでバイクジャージを着た。1人抜かしてバイクスタート。




BIKE 5’19’23 (28)

摂取した補給

・ウイダーインゼリー×1 (128)

・WINZONE ×3 (345, caf 50)

・Mag-on ×1 (120, caf 25)

・スポーツようかん ×2 (232)

・Maurten Gel 100 ×2 (200)

・PRECISION FUEL ×1 (120)

・コムレケア ×1

・痛み止め ×1


・Maurten Drink Mix 320 ×1 (320)

・PRECISION HYDRATION 1500 ×1 (61)

・水(各エイドで2本飲む、かける)


計1526kcal (caf 75)


補給は乗り初めにインゼリーを飲んでから10㎞ごとに補給する計画だった。しかし、50kmを超えた辺りからお腹に溜まる感覚が強まり、それに伴いジェルの酸っぱいのを体が受け付けなくなった。そこからは10分おきにボトルから、15kmおきに補給摂取に変更した。後半に残しておいたモルテンは甘くて最高だった。橋本さんの言っていたことを理解した。懸念していた咀嚼もようかんで問題なくクリアした。ただエナジージェルは3個残す結果となった。結果的にはエネルギー切れにはならなかったが、エネ餅やようかんなどジェル以外の補給を大事にするべきだと痛感した。黒糖わらび仕込んどくべきだった。



最初の30kmまでは全然気持ちよく踏めず、調子が悪いのかと落胆した。それでも諦めることなく、漕ぎ続けた。平坦よりは起伏が目立つコースだったこともあり、軽量ロードは有利なのかもしれない。平坦で抜かれた後坂でスルスル抜き返すときちょっと気まずい。


バイク開始から1時間後、とてつもない尿意が襲ってきた。現在は年代別2位の位置、後ろからは陸強者たち。進むしかなかった。ロングの第五種目にはトイレ休憩も追加するべき。


周回コース2周目に入った直後、年代別トップの姿。スイムでは3分先行されていた。そこからはほとんど誰にも抜かれず、誰も抜かさず、つまりぼっちライドだった。ただ、心地よく漕げるようになってきた。ただ、さすがに一人すぎて寂しくなったので歌を歌って気を紛らわせた。


清水さんのブログではトイレを我慢したと記述されており、根性でT2まで持ちこたえるつもりでいた。しかし、90㎞を超えると我慢していた尿意は120%に達した。もうTTポジションも取れないし、水分補給もできないレベルになってしまった。そこからはトイレに行くためにバイクを漕いでいた。


そして100㎞くらいのエイドでトイレに行くはずだったが、一瞬治まったのでなぜか水だけもらってスルーしてしまった。これが命取りになった。


その次のエイドまでの道は永遠かと思われた。まともに補給できておらず、ハンガーノックも心配になった。20km漕いでようやく坂の上のエイドに到達した。バイクから降りるときちょっと攣りそうになった。


その後、ようやく周回を終え「Road to T2」へ。これが30kmでまあ長い。しかし、全回復?したあとだったので精神的には楽であった。創意がなかなか来ないのでこのままラン行っちゃうよ~と思っていたら回収された。もう一人創意と一緒に来たTTバイクニキ(陽キャ)と順位確認などの会話を交わした。左足首に違和感を覚えたため止む無く痛み止めを服用した。3人揃って降車、個人的にはいいペースで行けたと思う。




T2

更衣室には既に満身創痍のおじさま方。Bタイプとごちゃ混ぜになっていたためか。年代別行けそうやなと創意とニヤニヤ。バイクジャージを脱ぎ、ポーチをつけて軽くストレッチしながら更衣室を後にした。T2バッグはボランティアの方に渡した。




RUN 3’32’25 (18)

走り始めはロングライド後のジョグの感覚と似ていた。サブ4であれば前半キロ5、後半キロ6以内くらいで押したいところ。さっきのTTニキさんがキロ5で走っていたため、後ろに着いた。


2,3㎞走るととんでもないスピードの創意が来た。どんくらいか聞かれたのキロ5と答えると、もっと出せますよと言ってぐんぐん前に行った。その背中に感化され、ややペースを上げた。4’50くらいで巡行し、今日いけるんじゃね!と心躍った。


補給はジェルを受け付けずスポーツドリンクのみだった。9kmでアミノバイタルの黒をもらったが、これも結構きつく、結局30km地点まで手に持っていた(極ちびちび飲み)。


コーラは後半まで我慢する予定が15kmくらいから解禁してしまった。このくらいから足裏の水ぶくれが気になりだした。それを庇うフォームになったためか、ペースダウンと疲労蓄積が一気に来た。ただキロ5前後に抑えられていたので、まだ大丈夫と言い聞かせた。


2周目に入ると精神が先にやられてしまったのかペースダウンの幅が大きくなっていった。地獄の始まりというやつか。また、年代別の後続が詰まってきており、焦っていた。宝洋から「創意11位たぶん総合入ります」と聞き、自分が年代別1位になる可能性が浮上した(このとき総合13位)。


しかし、体は重くなり言うことを聞かない。各エイドまで耐えることだけが精神を繋いだ。エアーサロンパスは冷水ぶっかけより効いた。かんころ餅と梅干しは片手いっぱいにとって食べ、エネルギー切れだけはないように心がけた。Aタイプトップの女子選手にも抜かれた。最後の折り返しで確認した後続との距離はもう1㎞もなかった。見た感じ、自分より走れており抜くなら早くしてくれ~と生き地獄状態だった。


頑張って逃げたが残り3㎞で回収されてしまった。悔しいというよりやっと気楽に走れると思ってしまった。ちなみに彼のランラップは8位だった、さすがの走りだ(インカレもよろしくね!)。


レース前は自分が最後どんな風にゴールするのか創造もできなかった。一応決めポーズは考えてみた。

けどゴールまでのブルーカーペットに入った途端、全て体から抜けていった気がした。長かった闘いももう終わる、少し寂しいけどそれ以上にやり切った自分を讃えたい、そんな気持ちになった。喜びのガッツポーズとともに約10時間にわたるレースは終了した。



TOTAL 9’39’22 (16) 年代別2位(エイジランキング上は3位)

もうしばらく出たくないとか思うかと予想していたけど、まったくその逆で楽しかった、また出たい!と思う大会だった。それは、この大会の歴史や運営の堅実さ、圧倒的ボランティアの方々の支え、ともにゴールを目指す仲間の存在があったからだと思う。ロングは完走すればすごいと思っていたけど、完走するといろんな改善点が浮かんできた。スイムの3分まだ上げたいな、バイクのトイレ、補給戦略考えたいな、ランの3時間20分切りしたいな、などまだまだタイム上げるところがあると実感した。そう簡単に挑戦できることではないけど、今後の挑戦の際の後ろ盾になってくれることは間違いなし。


僕も例に漏れず内臓疲労なく、爆食にいそしむことができた。今回の遠征を通してローソンへの想いが深まった。51%増量バスチーともち食感ロールは神。しゃぼん玉やトランプ、UNO、ITOもできて遠征らしい締めくくりとなった。


唯一心残りなのがアワードパーティーの表彰式に間に合わなかったことだ。

Gullsの名を広めるチャンスを逃してしまったことは悔やまれる。

ただ遠征メンバー全員表彰対象だったのがすごすぎた。

もうひとつ、大きな収穫があった。


それは、



宝洋のかわいいポーズはくまもんが元ネタだったということだ。




五島に来てよかった。



僕のラインにも悠からLINEが来ていた。

どうやら、僕の結果にも驚き心を動かされた模様。


今回の挑戦を経て誰かの心を動かせたということが本当に嬉しかった。

これからも後輩たちの心に刺激を与えられる先輩でありたい。


来たるインカレに向けて、体と財布に刺激を入れていかなければ。



次の挑戦はアクアスロンくらはし、6年目にして初出場。



暑い夏はまだまだこれから。

 
 
 

コメント


bottom of page