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ブログは恐怖とともに


やっとのことでその日の用事を終えた男は、バイト先と家の往復で完結してしまう日々にため息を漏らしながら運転席に乗り込む。一息ついた後、男はエンジンをかけようとキーに手をかける。すると、ふと携帯届いた1件のメッセージに目が留まる。

M『石田、コーラおごってくれるって』

「どういうことだ?」

口をついて出たのは疑問の言葉だった。しばらく考えたが答えは出ず、疑問を解消するためにその意味を問おうとしたその時、一つの可能性に思い至った。

  「ブログリレーか?」

ブログリレー、それは男が所属する広島大学トライアスロン部、通称GULLSで定期的に開催されるイベントだ。リレー形式で文章を投稿するこの催しでは、文章の締めの部分で次の走者へのメッセージが記されることが恒例となっている。いやな予感が頭をよぎる。

  「ショーコだ」

頭に浮かんだのは男のもう一人の人格《ショーコ》の存在だった。男の中に巣食う彼女の存在はこれまで幾度となく男を苦しめていた。そうブログリレーだ。このイベントが起きるたびに彼女は男の体を乗っ取り、男の意思とは裏腹に暴れまわる。

 「すぐ確認しなければ」

 男は急いでGULLSのホームページにアクセスしブログを開こうとする。しかしいつまでたっても携帯は読み込み中の表示を映し出すだけだ。

  「クソ、通信制限だ」

 男は頭を抱える。度重なる外出により男の通信料は上限をむかえていた。

  「とりあえず家に向かおう。ここに長居しても仕方がない」

 男は自分にそう言い聞かすと、はやる気持ちを抑えながら車を発進させる。いつもなら楽しみな運転も、この日ばかりは男にっとって障害に成り下がっていた。

  「頼む、思い違いであってくれ」

 男は祈りながら家を目指す。一秒が十分にも一時間にも感じられた悪夢のような時間を終え、男はようやく家につく。男は車から降りると、帰宅のあいさつもほどほどに階段を駆け上がる。自室の勢いよくドアを開け、急いでパソコンの電源をつける。

  「はやくくついてくれ」

 焦燥にかられながら男はパソコンにパスワードを打ち込み、GULLSのページにとぶと投稿されて間もないブログが目に入る。

  【座右の銘的な?①】

 男は今すぐクリックしたくなる気持ちを抑えるように深呼吸をする。

  「大丈夫、タイトルにおかしいところはない」

 そういいながら男は自分を落ち着かせる。ゆっくりとカーソルをタイトルに合わせる。

  「よしっ!」

 男は自らを奮い立たせるようにつぶやくと、マウスにおいた人差し指に力を入れる。

  「かちっ」

 静かな室内にクリックの音だけが響く。ほどなくして文章が画面に浮かび上がる。

  『皆さん、こんにちは!

01の玉麻です。最近、…』

 男は慎重に読み進める。すると

  『…かネタになるような面白いことがあったかなと、ここ最近の出来事を振り返ってみました。が、特に何もなかったのでここらへんで、石田にバトンをタッチしようかなと思います。きっと石田なら爆笑トーク間違いなし!なので、皆さん楽しみにしておいてください!それでは失礼します。』

 突然でできた自分の名に男は心臓をわしづかみにされたような感覚に陥る。

  『まあ、ダメですね。多分こんなので終わらせたら次の番の石田から怒りの鉄槌をくらいそうなので、今回のブログでは自分が生きていく上…』

  「おいおい心臓に悪いよ」

 男は前走者のいたずらだったことに安堵しつつ読み進める。するとブログは前走者の

題へと入っていく。男は彼の知られざる一面に、思わず、本題を忘れ引き込まれていく。

もうすっかり男の頭から彼女のことは消え去っていた。

 ブログも終盤に差し掛かり男の頭の中にある疑問が浮き上がる。

  「あれ、俺は何をあんなに急いで…」

 そして男は思い出す。なぜ急いでいたのか、なぜブログを読んでいたのか、を。男の背中

に冷や汗が流れ始める。ブログはすでに山場を終えた。あとは次の走者へのバトンを渡す

のみとなっている。そしてコーラの話題は、まだない。男は自分の鼓動が早くなるを感じる。

  「やめてくれ、頼む」

 もう読みたくない、そんな男の思いとは裏腹に男の指は勝手に動く。頭の中には嫌な気配が漂い始める

  「嘘だ、嘘だ、嘘だ」

 男は自分の手からこぼれ落ちていきそうな意識を必死に保ちながら最後の文章に目を通す。

  『 さて、次は同じ工学部1類の同士にしてSPLでの相棒の石田の番です。彼ならきっと自分以上に語ってくれるでしょう!また、彼(?)の性別がどうなっているのかも非常に楽しみです!(もし、ショーコVerで語りつくしてくれたらコーラ奢ります。期待してます。)』

 その文章を目にした途端、男の意識は遠のいていく。

  「アッハー☆またこの季節がやってきたわね☆」

 その言葉とともに男は完全に意識を失っていた。

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