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日本美術史概論最終レポート

9月7日
読了時間: 3分

お久しぶりです!07の山本です。

突然ですが、普段練習に熱心に打ち込んでいるみなさんには「ライバル」はいますか?誰しも「あいつの方がすごいんじゃないか」「あいつに勝つためにはどうすればいいんだろう」って思うこと、きっとありますよね。けれど、そんな存在が近くにいるからこそ、皆さんを強くさせているのだと思います。

実は今から250年ほど前の江戸時代にもお互いを意識して作品を生み出し続けた二人の画家がいました。それが円山応挙と伊藤若冲です。今回はこの二人の作品を通じて「ライバルと高め合うことの意義」について考えてみましょう!

1. 円山応挙ってどんな画家?

応挙は、四条通という京都の商いの中心街に画房を構えた、この時代の絶対的売れっ子作家です。彼は、写生に基づく正確なデッサン力を強みに,大衆人気を獲得しました。<「雪松図屏風」 円山応挙 三井記念美術館> この絵を見てください。



出典:Canon  綴プロジェクトhttps://global.canon/ja/tsuzuri/works/yukimatsuzu/

画面目一杯に精密に描かれた松がとても迫力がありますね。しかもこの絵は屏風として立ててみると枝が飛び出して見え、松そのものの存在感を閉じ込めたような作品になっています。例えるとしたら応挙はまさしく「基本を極め、誰もが認める安定感を持ったエース」でしょう。

2. 伊藤若冲ってどんな画家?

若冲は、応挙の17歳年上。しかも、同じ四条通に住んだ画家です。(住所をGoogle検索すると300mしか違わないのだとか?!)若冲の強みは、執着心すら感じる対象への観察によって描かれる点です。若冲は庭に鶏を数十匹飼育し、その動きや特徴を観察し続けました。その結果<「群鶏図」 『動植綵絵』のうち 伊藤若冲 皇居三の丸尚蔵館>のように、今にも対象が画面から飛び出してきそうな絵を多く残しています。



出典:皇居三の丸尚蔵館収蔵作品・東京文化財団研究所光学調査デジタルコンテンツ

例えるなら、若冲は「自分の得意技で決めるエースストライカー」といったところでしょうか。

3,高め合った二人

 一見、真逆そうな作風を持つ二人ですが、共通する部分があります。それは、「対象への忠実さ」です。ご近所で同年代に活躍した二人は、お互いの評判や噂は絶対的に耳に入っていたはずです!応挙の作品を見た若冲は「洗練さ」に驚き、若冲の作品を見た応挙は「こだわり」に驚き、お互いが背筋を伸ばしたはずです。

実は二人が合作したとされる作品があります。それが<「梅鯉図屏風」 円山応挙 大阪中之島美術館>と<「竹鶏図屏風」伊藤若冲 大阪中之島美術館>です。



これは、お互いが才能を認めあい、刺激し合っていたことの証拠となる作品です。

 

「ライバル」いるからこそ見えてくるものがある。応挙と若冲はお互いを認めつつも、自分の道を進み続けることで大成をつかむことができました。チームの中にすごいライバルがいると、焦ったり、「自分なんて…」と思ったりすることもあるかもしれません。しかし、「あいつがあれを持ち味とするなら自分はこれで勝負しよう!」と思えるなら、ライバルの存在は自分の確かな力になるかもしれません。応挙や若冲のように「らしさ」を大切にこれからも切磋琢磨していきましょう!

今回のブログはこれでおしまいです。最後まで読んでいただきありがとうございました!

参考文献


追伸 こんなに力を入れたのに優で萎えました

 


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